Iの悲劇 読了

 

発売してから結構経ってるけど、米澤穂信さんのミステリー「Iの悲劇」を読み終えた・・・・・

 

 

 

感想を書く。

以下ネタバレ含むかも(含まないように努力はする)

 

 

Iの悲劇

Iの悲劇

 

 

 

 

今回はIターン推進を進める主人公の万願寺が、Iターン移住者が起こすトラブルという謎に迫っていく話。

章ごとに謎は独立しているけど、時系列は繋がっている。

木を隠すなら森ではなく、森から意識をそらすための木。

 

ミステリーは読んでいくうちにある程度予想できるものもあれば、そうでないものもあった。

このブログに辿り着いて読んでいない人も居るだろうからネタバレはやめておく。

ただ匂わすだけにとどめたい。

個人的に、この本を読んで少し思ったことについて軽く書くだけ。

 

ちょうどこの本を読んだ今が、新型コロナウイルスが騒がれているとき。

なかなか不思議なタイミングで読むことになった。

 

 

「Iターン」。

僕はこの用語を大学の講義で初めて知った。

学部が学部だったものだから、「Uターン」、「Jターン」、「Iターン」という言葉は講義のキーワードとなっていたし、地方創生などについて意見を書くなんてレポートも出されたものだった。

今思えば、大学生、しかも都市部育ちの多い都内の大学生が地方創生を語ってしまって、歪だと思った。

 

 

地方創生。

都市部に人口が集まり、地方は過疎化が進む。

「Iの悲劇」の舞台である簑石も過疎化と高齢化が進み過ぎて、無人の村と化した。

そこを復興させるべく「Iターン」を公務員として推進する主人公。

この「Iターン」を頑張って頑張った先にようやく地方創生が成し遂げられる。

 

 

だが現実問題難しい。

これだけインターネットが発展していも。

本の中で救急車が来るのに時間がかかっていたように、インフラが都市部ほど整っていなかったりする。

世の中、人が集まるところにお金が集まり経済が回る。

裏を返せば、人が集まらない所には比較的お金は集まらない。

地方に1人だけ住んでいたとしても、そこへのインフラ整備に対するコストがかかるだけ。

本の内容で言えば除雪に行政の費用がどこまで降りるかという問題と同じ。

 

今の世の中、地方に住むことよりも都市部に住むように見えない力が働いている。

見えないから意識していないが認識はしているためか、地方に住むことをあまり想定していないようにも思える。

 

前の記事にも書いたけど、僕は今オンライン授業を受けているが、これだけインターネットが発展しているのに、スムーズには行えていない。

要は座学で一方向の講義なんかは、インターネットで十分出来るはず*1なのに、恐らくリモートで授業を受けるなんて想定していなかったから、ボロが出る。

地方に居る学生は、都市部に来る、大学の近くに下宿するように想定されているということ。

 

地方にある大学には上の話には少し当てはまらないが、見えない力の影響は受けており、学生が都市部に比べて集まりにくいという状態を作っているとも聞く。

地方の大学で学生集めに苦労していないとすれば、大学院大学を除いて、旧帝大がメインだと思う。ブランドもあるだろうが、そもそも地方旧帝大といっても地方都市に位置していることも要因ではあると思う。

一方、都内の大学なんかはそんなに苦労していないように思える。

都内にあるというだけで、人気が上がり、うわべだけの偏差値が上がるなんて現象が起きているから、そうなんだろう。

 

 

新型コロナの影響で都市部が大ダメージを受けている。

 

見えない力で集められた人々が形成した「密」に、ここぞとばかりのウイルス。

 

物語と現実を混同するのも少し変な話だ。

それでも・・・・・

果たして彼らは見えない力に手を添えたことは正しかったのだろうか。

彼は反力をもっと加えるべきではないのか。

物語の論点や主軸とは若干異なるが、この本の結末、終章の続きがあるとしたら、僕はやっぱり悲劇だったんじゃないのかな。

物語は物語で完結している。

だけど僕はそう思った。

 

 

思想的なポジショントークを広げてしまったが、ストーリーは面白く、米澤作品らしく終わりがどことなくビターな作風なのでおススメです。

 

 

 

*1:高校生なら東進やスタディサプリなどの一方向の授業、大学生向けならCourseraなどのMOOC